僕の妹・後編

騒動が起こってから1ヶ月。妹は順調に回復しているらしかった。しかしレオンはこの1ヶ月間妹に会っていない。それは父親も同じだが、会いたいのに会えないのと、会えるのに会わないのでは全く違った。
「レオン、今日も行かないの?」
母親はほぼ毎日妹に会いに行っている。毎回誘ってくれるが、レオンは毎回断っていた。
「そう……。ルニ、会いたがってるよ?」
「……いい」
母親は小さくため息をつく。
彼は自分のやったことの罪悪感と、妹からの拒絶が怖くて会いに行けなかった。だが、このままじゃダメだと、思い始めていた。
妹は自分に会いたがっている。確かに母親はそういった。後者の問題はないと言うことだ。あとは罪悪感をどうにかするだけ。
(僕は……ルニに謝らないといけない……!行くなら、今だ!)
母親が出かけてしばらく経った。だいたい半日くらいは妹のところにいるだろう。
父親は仕事だ。母親のやっていた仕事を父が引き継いでいると言うか、なんというか。
彼は立ち上がった。行き方はわからないが、きっと誰かに聞けばなんとかなる。
天界に行ったことはない。何が起こるかわからないから、準備は入念にしなければ。
着替えや食料をリュックに詰めこみ、動きやすい格好に着替える。
「まずは……サニィちゃんのところに行こう!」
彼は母親の相棒に会うため、家を飛び出した。

近所にある、サニィの家。ここにはサニィの他にもう一人、天使が住んでいた。
ドアをノックするとサニィではなく、天使が出てきた。
「あら?レオン、どうしたの?」
「ミラさん……」
ミラと呼ばれた天使は、彼を家に招き入れた。
「そんなに荷物持って、冒険にでも行くのかしら?」
「……うん!僕、ルニに会いに行きたいんだ!」
「……」
ミラはもちろん、彼らに関わる親しい人物は、何が起こったのか知っていた。そして、彼が頑なに妹に会いに行かなかったことも。
「だから、天界の行き方を知りたいんだ!」
「お母さんと一緒に行ったら良かったじゃない。今日だって、行ってるんでしょ?」
「ダメだよ……一緒に行ったら、ルニが母さんに甘えられないもん……」
彼の言いたいことはわかる。でも……
「本当はあなたがレニィに甘えちゃうからでしょ」
「!!ち、ちがうよ!」
「いいのよ、隠さなくったって。あなただって甘えたいのはわかるもの」
からかわれるような口調で話しかけるミラが、実は彼は少し苦手だった。
「ちがうもん……」
「わかったわかった。じゃあ、私が行き方を教えてあげるわ。あなたはハーフだから、とくに許可証は入らないわ。近くの接続点にいけば、天界のどこかに出られる。どこに出たいかは頭のなかで思ってればその近くに出るはずよ」
「ねえ、ミラさん、一個聞いていい?」
「ん?」
ずっと気になっていた。父親は会いたいのに会いに行けない。天界出身なのに。
「なんで父さんはルニに会いに行けないの?父さんは天界出身でしょ?」
「あー……それはね、あなたに霊力がないのと同じ理由よ」
「あっ……」
父は言っていた。昔、罪を犯したと。それで霊力を制限されていると。
「わかった?だから、あなたが代わりに会いに行ってあげなさい」
「……うん!ありがとうミラさん!」
ミラは彼に差し入れ用と途中お腹が空いたとき用におやつを持たせて送り出した。
「……そういえば、あの子、ルニのいる場所知らないんじゃ……」
そう思ったがもう遅い。ミラは彼の健闘を祈るのだった。

彼はミラの家から一番近い接続点にやって来た。しかし使い方がわからない。
ただ、地面に固定されているだけの輪だ。とりあえず、輪の中に入ってみることにした。
足を踏み入れると輪が光を放ち始めた。
「えっ!?これ、どうしたらいいの!?」
よくわからないまま、光に吸い込まれていく。

驚きと恐怖で目を閉じていた。そっと目を開けると、既に見覚えのある景色はそこにはなかった。
明らかに色素の薄い草。食べたら死にそうな木の実。刺さったら死にそうな花の棘。
「ヒィ……!!」
彼は明らかに場違いな空気を感じていた。そして何よりも、立っている場所が完全に森の中だった。建物ひとつ見えない。
こんなところに立ってるだけではどうしようもないが、行くべき方向もわからない。きっと、接続点を通るときに驚いて頭の中が真っ白になっていたせいで見当違いな所に出てしまったのだと思っていた。
獣道から、なんとか、人が通っているらしい道に出た。ちょいちょい葉っぱに引っ掛かっていたが、死んではいないので、見た目が怪しいだけで害のない植物のようだ。
「ふぅ……誰か探さなきゃ」
そのとき、草むらがガサガサと音をたてた。
「だ、だれっ!?」
彼に声をかけられ出てきたのは小指サイズの小さな妖精の群れだった。
「人間?」
「ううん、人間じゃないよ」
「でも人間のにおいする」
「でも人間じゃないにおいもするよ」
「君はなに?」
「きみは何?」
突然現れた見たことない生き物に彼の頭はパンク寸前だった。驚いて尻餅をつき、声が言葉になっていない。
「ひゃっ、はわ、はわわわ」
「はわわ、だって」
「面白いね」
「おもしろいね」
「あっ、お菓子持ってる!」
「ほんとうだ!おかし!」
「お菓子お菓子!」
どうやら妖精たちはミラが持たせてくれたおやつを欲しがっているようだ。
「ねえねえ、お菓子!」
「おかしちょうだい!」
「……はっ!!ま、待って!今あげるから!」
正気に戻った彼はリュックを開けて、ミラにもらった自分のぶんのおやつを出す。
「まだあるでしょ!」
「まだまだ!」
「あるよ!ちょうだい!」
「だ、ダメだよ!これはルニにあげるんだから!」
「ルニ!」
「お友達?」
「お友達なの?」
妖精たちは妹と知り合いのようだ。
「ルニを知ってるの?」
「知ってる!」
「強い!」
「たまに痛い!」
「痛い?」
「説明する!」
「ちょっと待って!」
妖精の群れはひとつに集まり、やがて手のひらサイズの一人の妖精になった。
「ほ、ほえー……」
「ほえーだって、あなた面白い」
妖精はクスクス笑う。
「あ、ルニ!ルニを知ってるの?」
「うん、あなたはルニの何?」
「僕はルニのお兄ちゃんだよ」
「ウソよ。だってあなただいたい人間じゃない。あの子はだいたいドラゴンだもの。兄妹なわけないわ」
「でもほんとだよ。僕のお父さんがドラゴンでお母さんは人間なんだ」
「でも変よ。だったらもう少しあなたにもドラゴン感があってもいいはずよ」
「それは……」
妖精は彼の気にしていることをすっぱりと言い捨てる。ちょっと傷ついた。
「……気にしてた?」
「ちょっと……。それより、君はルニを知ってるの?」
「お友達よ。あの子の霊力制御のお手伝いをしてるの」
「霊力制御?」
「だいたい人間のあなたにはわからない感覚だと思うわ」
「う~ん……あ、じゃあ、強いと痛いって?」
「子供なのに強い霊力持ってるし、たまに制御しきれない霊力が飛んできて痛いの」
「ふーん」
「やっぱりわからないんじゃない!ほら、お話ししてあげたんだからお菓子ちょーだいっ!」
「わかったよ」
どうやらお菓子は情報料になるらしい。
「ねえ、ルニはどこに……」
妖精にもう少し話を聞こうと思っていたのに、既に元の小指サイズに戻ってしまっていた。
「別料金!」
「お菓子ちょーだい!」
お菓子はルニへの差し入れのぶんしかない。話を聞くことはあきらめた。
「もうあげられるぶんはないよ……」
しょんぼりしながら立ち上がると妖精はひとつだけヒントをくれた。
「おまけ!」
「ここはどこでしょう!」
「ここはファイアドラゴンの敷地!」
「ファイアドラゴン!」
「ファイアドラゴンは怖い!」
「でも優しい!」
「おまけおしまい!」
そういうと彼があげたお菓子をもって草むらに隠れてしまった。
「ファイアドラゴン……???」
父親はドラゴンだ。でもなにドラゴンかは知らない。というより、ドラゴンにも種類があるのか、とレオンは思った。
とりあえず、また誰か探さなければ。彼は歩き始めた。

彼は歩いた。しかし、根本的に行くべき方向がわからない。
不安を抱えたまま歩き続けていると頭上をなにか大きなものが通りすぎた。
上を向く。
「わ……!!!」
空を飛んでいたのは大きな紅いドラゴンだった。そして目があった。というより、声に気づいて彼の方を見ていた。
「ひぇ……!!!」
紅いドラゴンは彼に向かって降りてくる。さっき抜けた腰がまた抜けた。
降りてきたドラゴンは彼をまじまじと見つめる。彼はというと尻餅をついて今にも泣きそうだった。
「あ゛ーーーーーー!!!」
泣きそうだった。ではない。既に泣いている。
泣かれてしまった紅いドラゴンは、困った様子で姿を変える。紅い髪をかきあげて撫で付けたあと、切れ長の目を細めながら、ポケットを漁りつつ、彼に声をかける。
「おい、おま……」
「あ゛ーーーーーー!!!い゛やーーーーーー!!!」
「……」
ポケットから取り出したのは眼鏡だった。目を細めていたのはよく見えないからだったらしい。
「びゃーーーーーー!!!」
「泣くな!食ったりしないから!!」
「!!!」
彼は驚いてピタリと泣き止む。
「……なんで人間がこんなところにいる。……ん?人間じゃないのか?」
「ぼ、僕は天界出身のお父さんと人間のお母さんのハーフだ」
「父親はなんだ?」
「ちゃんと聞いた訳じゃないし、一回しか見たことないからわかんないけど……あなたと一緒っぽい……」
「ドラゴン?……へー……ほー……ふーん」
「な、なに……???」
全身をじっくり見つめられ、いい気はしない。
「よく見れば顔も似てるし髪質もそっくりだな。で、だ。なんでここにいる?こんなところ、普通だったら子供は来ない」
ドラゴンはしゃがみ、彼に目線を合わせる。やっとまともに会話できそうだ。
「僕、ルニに会いに行きたいんだ。あ、ルニっていうのは僕の妹なんだけど、具合が悪くて天界で治すんだって」
「お前、妹がどこにいるのか知らないんだな?」
「えっ!?う、うん……なんで……?」
「普通、接続点を通れば行きたいところの近くの接続点に出る。でもここはお前のいきたいところからはたぶんだけど少し遠い。お前の父親はファイアドラゴンだから、たぶん血筋に引き寄せられて、ここに出たんだと思う」
「え?僕のお父さんファイアドラゴンなの?」
「ああ。人間と結婚するドラゴンなんてそう多くないからな」
「……おにいさん、僕をルニのところに連れていって欲しいんだ」
彼は勇気を出して目の前のドラゴンに伝えた。
「ああ、いいよ」
「えっ!?」
すんなり聞いてもらえるとは思わなかった。普通に断られるかと思っていた。
「断る理由もないし、お前はここまで一人できたんだろ?お前みたいなチビが一人でこんなところまで来るには相当の覚悟が必要だ。その勇気を無下にするわけにもいかないからな」
「……ありがとう、おにいさん!!!」
「待ってろ、今妹のいる場所の正確な位置を確認するから」
ドラゴンはポケットからなにやら端末を取り出す。
「なにそれ?」
「電話だ」
端末を操作して少し待つ。すぐに画面が光った。
「やっぱりな。お前の妹はアースドラゴンの集落にいる。アースドラゴンは医療に特化してるやつがいるからそいつに預けたんだろう」
「もうどこにいるか分かったの?」
「だいたい見当はついてたからな。さ、行くぞ」
「どうやって?歩くの?」
彼は正直なところ疲れていた。歩くならば少し休みたいと思っていた。
「けっこう歩いてるだろ。いいよ、乗せてやる」
「乗せる??」
「ああ、元の姿に戻るから。抱えてもいいけど」
「……よくわからないからどうにでもして!」
ドラゴンは元の姿に戻る。驚いている彼を抱えて、空に飛び立った。
「おっ、落とさないでね……!?」
(当たり前だろ)
彼の足で歩いたら恐らく一時間はかかるであろう距離を、ドラゴンはほんの10分ほどで飛んでいく。
目的地につくと人の姿をした茶髪の男が二人、敷地内に戻っていくところだった。

ドラゴンは空から降りて、ヒトに姿を変える。
抱いていた彼をおろすと、茶髪の男二人に声を掛けた。
「客を連れてきた」
「えっ、あれ、ファイアドラゴンじゃん。どうしたの」
「客を連れてきたと言ったな。どこにいる?」
気づけば姿が見えない。三人でキョロキョロとアタリを見回していると、木の影でそわそわしている彼の姿を発見した。
「なんでそんなところにいる?妹に会いに来たんだろ?」
「だ、だって……」
茶髪の二人は彼の姿を見てピンと来たらしい。
「え?息子くん?なんで?レニィちゃんさっき帰ったよ?」
「母さんは関係ないんだ!僕一人で来たから……」
「一人で?家族には誰にも伝えてないのか?父親にも黙って来たのか?」
「う、うん……」
「どうするよ……?心配するんじゃないのか……?」
「そりゃそうだろう……連絡して迎えに来てもらうか……?」
「俺は帰るが」
茶髪の二人が話し合っているうちに、ドラゴンは帰るらしい。
「うん、おにいさん、ありがとう!」
「妹に会えるといいな」
「うん!」
ドラゴンは元の姿に戻り、飛び去っていく。
「……まあ、とりあえず、だ。息子くんよ、君がここに来ていることを知ってるのは誰がいるんだ?」
「ミラさん……」
「あの人か……」
「あの人は食えない天使だからな……面白がって送り出してるに違いない……」
「誰にも連絡してないだろうしな……家にいたのがサニィちゃんだったら違ってたかもしれないけど……」
「どうするか……」
茶髪の二人は盛大にため息をついた。
「……おにいさんたち、ルニのところに連れていってくれないの……??」
彼は少し不安になり始めた。もう、妹まで目と鼻の距離なのに、会えないのか。
「そうは言ってない。一人で、ほとんど誰にも言わずにここまで来たって言うのが問題なんだ」
「……だって、ずっと母さんは誘ってくれたのに、断ってたんだ。いまさら……一緒に行けるわけないよ」
「違う。そこじゃない。別に一人で来たっていいんだ。今は大きな事件もないし、各集落の巡回護衛が見回ってるからほぼ危険はない。でも、万が一ってこともある。誰にも言わずに来たら、もし一人で来た君の身になにかが起こっても、君がどこにいるかわからないから探しようがない。そうしたら、本当に取り返しがつかないことになるんだ」
なんとなく、怒られているような気がしていたがどうやら違うようだ。
「……僕のこと、心配してくれてるの?」
「当たり前じゃん!俺たちとレニィちゃん友だちだぜ!?友だちの息子心配しないわけないだろ!?」
「友達って言うのかあれは……」
「とにかく!!今度からはちゃんと親に伝えてからくるんだぞ?」
「……うん、ごめんなさい。おにいさんたち」
「わかったならいいんだ。妹なら今はたぶんトレーニングの時間だと思う。少し危ないが行ってみるか?」
「うん!行く!」

茶髪の二人に案内されながら、彼は気になったことを訊ねる。
「トレーニングって??危ないの?」
「まあ、ちょっとだけな。飛んでくるのに気を付けてれば大丈夫だよ」
「何が飛んでくるの?」
「制御しきれない分の霊力かな?妹ちゃん小さいでしょ?だから、体の中に溜めておけない分をちょっとずつ出さないといけないんだ。だけど霊力のコントロールが下手だからちょっとずつじゃなくていっぱい出ちゃう。それが飛んできて当たると痛いんだ」
「あ!それなんか小さいわちゃわちゃした子達が言ってた!」
「わちゃわちゃ?」
「うん、このくらい小さくて」
彼は指で大きさを示す。
「たくさんいたんだけど、ルニのことを教えてって聞いたら合体して大きくなって教えてくれたよ」
「ああ、なるほど。妖精に会ったのか。妖精は子どもが好きだからな、興味を持って出てきてくれたんだろう。なにかあげたのか?」
「う、うん。ミラさんにもらったお菓子あげたよ。そうだ!ルニの分にも持たせてくれたんだ!」
「お、喜ぶんじゃないか?レニィちゃんお菓子とかは持ってきてなかったからな」
「よかった!」
しばらく歩くと室内運動場の前で二人は立ち止まった。
「ここで少し待っててくれ、呼んでくるから」
茶髪の一人が運動場へ入っていく。
彼の心境は、緊張と不安で埋め尽くされていた。

目の前の扉が開く。映る小さな人影は、紛れもない妹のものだった。
「お兄ちゃん!!」
「ルニ……!!」
妹が、自分で扉を開けて、どこにも掴まらないで自分のところまでやって来た。
「お兄ちゃんすごいでしょ?ルニね、ちゃんと歩けるようになったんだよ!ちょっとだけなら走るのもできるよ!」
「へ……ふぇ……ル、ルニが……走ってるううぅ……」
「お兄ちゃん、ありがとう!会いに来てくれたんでしょ?」
妹はぎゅっと彼に抱きついた。たったの二歳しか年が離れていないはずの妹は、小さくて、でも、以前は感じられなかった力強さがあった。
「う、うん。僕ルニに……」
「あー、もうっ!先に行っちゃわないでよー!盗み聞きは感心しないよ」
妹が現れた扉から茶髪の男が出てきた。ただ、自分と一緒にいた人物とは違う。
「アルくん、ごめんね?」
「いや、いいんだけどね。君もお兄ちゃんに会いたいだろうし」
「……だれ?」
妹と親しげに話す茶髪の男は白衣を着ていた。きっと、妹のことを診てくれている医者なのだろうと、彼は思っていた。
「ん?僕はアルツ。妹ちゃんのこっちの主治医だよ」
「お医者さん……」
「それにしても、本当に君はあの人に似てるねー。今までなんで来なかったの?」
「それは……」
今まで来られなかったのは、勇気が罪悪感に勝てなかったから。
「まあ、大方罪悪感で会いに来れなかったんでしょ。バカだねー、この子殺そうとしたんだって?」
「……」
「君に霊力ないの父親のせいだよ?この子に手を出すのは間違ってるよー」
「……わかってるよ、だから……ずっと……会いに来られなかったんだ」
「……そうだろうね。でもどうしてだい?どうして今になって来る気に?」
「このままじゃダメだと思ったんだ。僕は、ルニに謝らないといけない……僕は……ルニにやったらいけないことをやってしまったから……」
「お兄ちゃん……」
妹は顔をあげる。
「ルニ……ごめん……僕は……ルニが霊力を持ってるのがうらやましかった……ルニが霊力を使いこなせないのが……すごくいやだった……」
彼はしゃがんで妹をぎゅっと抱き締めた。妹に顔を見せないように。
「お兄ちゃん……あのね、ルニ……あのとき、お兄ちゃんならルニのこと殺してくれるって……少しでも思っちゃった……」
「……えっ?」
「……ルニね、ずっと苦しくて、動けなくて……お父さんやお母さん、お兄ちゃんにずっと迷惑かけてた……。ルニがいなければ、みんな辛い思いすることないのにって……思ってたの」
あのとき……抵抗をやめたあのとき、妹はそんなことを思っていたのか。
「ごめん……ごめんルニ……!」
涙を堪えることはもうできなかった。
「僕は、ルニが好きだ……!!ルニが僕のことどうに思ってるかはわからない……でも、僕は……っ、ルニと一緒に生きていきたい……!」
涙と鼻水で顔はもうグシャグシャだ。でも、妹を抱き締める手は離したくない。
堪えたくても漏れる嗚咽。ボロボロと留まることを知らない涙。
まわりの大人は二人の様子を静観していた。

「……愛の告白かよ」
「兄妹愛っていいよね」
「……いや、俺はそろそろ声をかけるべきだと思うが……」
「ん?しょうがないな」
医者はハンカチをもって、二人に近づく。
「え、なに、妹ちゃんも泣いてるの!?」
二人ともぼろぼろ泣いていた。
「だって……お兄ちゃんに嫌われてなかった……!ずっと……、ルニのこと嫌いになったから会いに来てくれないんだと思ってたから……!!」
二人とも号泣して落ち着かないので、一旦近くの控え室に案内して、座らせる。
それぞれにハンカチを渡す。
「息子くんも、娘ちゃんもゆっくりでいいからちゃんと泣き止むんだよ」
しばらくして二人とも落ち着いてきたので、医者は話をすることにした。
「僕たちはね、君たちの両親はもちろん、君たちのこともなんとなくは知ってるんだ。息子くんに霊力がないことも、娘ちゃんに霊力の制御ができないことも。今回、君が妹を襲ったのがきっかけで、今の状況があるわけだけど、僕はそれもある意味必要なことだったんじゃないかって思うんだ」
「どういうこと?」
「妹ちゃんは霊力の制御ができない。これは地上では致命的だ。実際、あのまま地上にいたら今みたいに元気な姿は見られなかったかもしれない。だから、君は自分の行動の愚かさを認めた上で、妹の運命を変えたと思えばいい」
「運命?」
「そう、一緒に生きていくっていう運命」
「……いいの?」
「まあ、まだ地上には返せないけどね。制御がまだ完全じゃないから、地上でまた体調を崩す可能性はある」
気づけば、妹は泣きつかれて眠ってしまっていた。
レオンの膝枕で眠る妹は、いつ呼吸が止まるか気が気でなかったあの頃とは違う。
「でも、妹ちゃんは頑張ってるよ。体調崩すことももうほとんどないし、霊力の制御の練習も毎日良くしてる。そうだ!君もしてみる?制御の練習」
「え?僕……霊力ないよ?」
「魔力があるじゃない」
「え?魔力もないよ?」
「いや?ちょっとだけだけど感じるよ?妹ちゃんの魔力と比べると……80分の1くらいだけど」
「……」
「でも、ある程度強化できるんじゃないかな?ゼロじゃないし。鍛えれば」
「どうやって?」
「霊力と同じ感じで行けるのかな?ちょっと実験台になってくれない?」
「えー……」
そんなやり取りをしていると残り二人の茶髪の大人が部屋に入ってきた。
「彼をお前の趣味に巻き込むな」
「息子くん困惑してるだろー?」
「だって!この方法が魔力でも使えるって証明できれば、人間たちとの交流にも一役買えるだろ!?」
彼のよくわからない状況で話は進んでいるようだ。
「……お兄ちゃん……、まだいる……」
妹が起きたようだ。体を起こして目を擦っている。
「あ、そうだ。おみやげ!ミラさんから預かったんだ」
「あっ!ミラさんのクッキー!お母さんね、お菓子持ってきてくれないんだよ」
妹は早速袋を開けている。
「……ルニ」
「ん?」
「また来るからね、練習頑張って」
「お兄ちゃん……もう帰っちゃうの?」
袋を開ける手が止まる。
「うん、父さんにも母さんにもないしょで来ちゃったから、今ごろ母さん大騒ぎしてるんじゃないかな……。……家帰ったら……怒られる……!」
「……お兄ちゃん……、寂しいよ……!帰っちゃやだ……!!」
ひしっと抱きつかれてしまった。これでは帰るに帰れない。そこへ、話を続けていた医者が割り込んできた。
「じゃあ、僕から息子くんにお願いしたいことがあるんだ」
「お願い?」
「さっきの話さ。僕、君の魔力鍛えたいから、両親に定期的にこっちに通っていいか聞いてきて!そうだな、週2くらいならどうかな」
「週2……」
「1週間に2回もお兄ちゃん来てくれるってことっ!?」
「お兄ちゃんが両親説得できればね」
「お兄ちゃん!頑張ってお父さんとお母さん説得して!ルニおうえんしてる!」
妹は今兄が帰ってしまう寂しさよりも、週に2回会える嬉しさを取ったようだ。
「わ、わかった」
「……でも、帰っちゃうのはやっぱり寂しいなぁ……」
帰り支度をしていると、妹がシュンとした様子でつぶやいた。
「……大丈夫だよ。僕、ルニに会えるなら、たとえ魔力の特訓が辛くても頑張れるよ。その前に父さんと母さんを説得しないとだけどね」
彼は笑った。妹は兄の笑顔を久しぶりに見たような気がした。
「お兄ちゃん!気を付けて帰るんだよ!」
「うん!ルニ、またね!!」
彼は茶髪の二人に案内されて、帰っていった。
医者が妹の顔をちらりと伺う。
妹は、少し寂しげな、でも、満足そうな笑顔で、兄の背中を見つめていた。

帰宅したレオンは、案の定怒られた。
先にいないことに気づいたのは、早めに帰ってきた父親だったらしい。

茶髪の大人に一人だけ付いてきてもらって、彼は家に帰ってきた。
「こんばんわー」
自宅の扉をおにいさんにノックしてもらう。母親が出てきた。
「はい!あれ、クリオスさんどうし……レオン!!!」
「息子くん連れてきたよ」
「ありがとうございます!でもなんで……?」
「一人で来たんだよ。ビックリしちゃった」
「へっ……?一人で……?レオン、どういうこと……?」
「ルニに会いに行ったんだ」
「一人で……?えっ……なんで……?」
母はとても混乱している様子。父はというと外から帰ってきたところだった。
「えっ!?レオン!!?今までどこにっ!?」
「うちの集落にいたよ」
「へっ!?あっ、クリオスさんどうも」
「どうも。じゃあ、俺確かに息子くん届けたからね。帰るよ。あ、そうそう息子くん」
「なに?」
「健闘を祈る」
「……うんっ!」

そして、家に戻ってすぐ……
「何で!父さんたちに言わない!!」
彼は正座で父親と向かい合っていた。
「だっ、だって……ずっと母さんは誘ってくれてたけど断ってたから……いきなりやっぱり行くってなっても……」
「困らないよ。むしろ大歓迎だよ」
母親は家事をしつつ答えている。
「母さんはこう言ってますけど???」
「……僕一人で行かなきゃいけないって思ったんだ。ずっとルニに直接会って謝らないといけないって思ってた。でも、母さんがいたら僕はきっと甘えちゃう。だから、僕は一人で行くって決めたんだ」
「だからって突然……」
「それは!やろうと思ったときにやらないと後回しになっちゃうから……!」
「今回は、たまたま無事にルニのところまで行けたから良かったけど、レオンはルニがどこにいるのか知らなかったんだろ?もし、回りに誰もいないところに出たらどうするつもりだったんだ」
「人がいるところまで歩いたよ?」
過去形だ。ということはつまり、息子は人のいない地点に出たということだ。
「…………本当に?」
「うん、ちょっと歩いたら妖精さんにあった」
「どこに出たんだ」
「ファイアドラゴンの敷地って言われた」
「そこからどうやってルニのところまで行ったんだ」
「ドラゴンのお兄さんに会ったから連れてってもらった」
「うそだろ……」
父は頭を抱えた。息子が想像以上に冒険して、かつ、自らの目的を達成して帰ってきている。喜ばしいことではあるが、黙っていくのはよろしくない。
「でもさっきのお兄さんたちにも怒られた。僕、ミラさんにしか話さなかったから」
「ミラさんっ!?ミラさんには話したのか!?」
「うん、お菓子もらった。ルニの分も」
「ミラさん……知らないって言ってたじゃないですか……」
どうやら父はミラのところにも行っていたようだ。しかもミラはそのことを父親に話さなかった様子。
「と、とにかく!黙っていくなんてもってのほかだ!ちゃんと行き先を伝えてから出掛けること!いいな!?」
「うん。」
「やけに素直だな……」
「うん、お願いがあって」
彼は膝の上でぎゅっと手を握る。
「僕、ルニの先生に魔力を鍛えないかって言われたんだ」
「魔力?霊力じゃなくて?」
「うん、僕霊力無いじゃん。魔力もないと思ってたんだけど、ちょっとはあるらしいんだ。だから週に2回、来てくれたら魔力の特訓してくれるんだって。効果あるかはわかんないけど」
「へー!アルツさんそんなこともできるんだね!いいじゃない!レオンもやってみたいんでしょ?」
家事を終えた母親が興味深げに話を聞いていた。
「うんっ!」
「えっ、でもレニィさん……」
「どこにいるのかわかればいい話ですし、週に2回もルニに会えるんですよ?たぶん目的の大半はルニですよ、魔力の特訓はついでなはずです」
「僕、両親を説得してこいって言われたんだ」
「じゃあお母さんの説得はOKだね!あとはお父さん説得しないと!ほらほら」
「父さん、行っちゃダメかな?」
この一ヶ月間ずっと意気消沈していた息子が、自分の意志で行動し、そして新しい目的を見つけてきた。
「……ダメなわけないだろ、ただし!まわりに迷惑はかけないこと!特訓をサボるのもダメだ!」
「うんっ!父さん、ありがとう!」

数日後、彼はリュックを背負った。
「レオン、忘れ物はない?」
「うん、特になにも言われてないし」
「じゃあ、なんでそんなに荷物多いの……?」
「心配だから!」
「アースドラゴンさんたちに迷惑かけちゃダメよ?」
「うん、気を付ける!」
「ルニのこともよろしくね」
「うん!」
「気を付けていってらっしゃい」
「うん!いってきます!」
彼は母親に見送られて、家を出た。

彼はずっと考えていた。一度は妹を傷つけてしまった。でも、もう絶対にそんなことはしない。今度は自分が妹を守るんだ。だから、そのためには強くならなくちゃ。
特訓も強くなるための第一歩だ。

彼は前を向いた。はやる気持ちを押さえて、接続点に足を踏み入れるのだった。