七月二十日……
「……うにゃあ゛っ!」
翼は奇声を上げて、がばっと起きあがった。
「うひゃあ! あ、翼くんおはよう」
そして、なぜかその場にいたみちるの母に驚かれた。
「あ、おばさん。おはようございます。って、俺もしかしてまた……」
翼はすぐにここが病院だということに気づき、肩を落とした。
「翼くん、ケンカはいけないよ? ケンカしたらケガするでしょ?」
「でも、俺は何もやってません。一方的にやられたんですよ。集団暴行です。警察沙汰です」
翼は少しだけむっとした表情で訴えた。
「あらま! それって本当!? ……あのへんは少し見回りを厳しくしてもらった方がいいわね。危ないわ」
みちるの母は眉を寄せながら呟くようにいった。
「あ、翼くん。あんまりひどいケガじゃなかったんだけどね、胸にある刺し傷みたいなのが開いちゃってたし、頭を強く殴られたみたいでね、一応検査をしといたよ」
みちるの母は、翼の顔の傷にガーゼを貼り直しながら短めに説明をした。
「……うーん、じゃあ、まだ帰れないか……」
翼はがっかりしたように言う。
「たぶん、検査の結果が出ればすぐにでも帰れると思うわ。みちるとよしみちゃんも、もう少ししたら来ると思うし、退屈はしないと思うな。だから、ちょっとだけ辛抱してね?」
「……はい、わかりました」
翼は素直に検査結果を待つことにした。みちるの母は手当てを済ませると部屋を出ていった。
「ん? そういえば、みちるの母さんって看護師?」
みちるは病室の前でドアノブに手をかけたまま固まっていた。
「……みちる、さっさとドア開けなさいよ。何分そこで固まってるつもり?」
よしみは呆れながらみちるをちらりと見た。
「だって……だってさ……」
「だってじゃないわよ! あー! もうっ、焦れったい! 翼、起きてる? 入るわよ!」
「あ? どうぞ」
よしみはドアを開けた。翼はベッドの上に退屈そうにあぐらをかいている。
「ずっと声聞こえてんのに、いつまでも入ってこないから、何してんのかと思った。……で、十五分も何してたわけ?」
「みちるがドアに手をかけると固まるのよ」
「だって……翼くんになんて言えばいいのか……わかんないんだもん!」
翼はきょとんとした顔でみちるを見た。
「なんで? 仕方ねえじゃん。不良がいるなんてお前たちは予想できなかっただろ?」
「そっ……それが~……」
みちるはとてもばつが悪そうに続ける。
「……あの不良たち、私の元クラスメイトなんだよね……」
「うそ! そんなこと初耳だわよ!」
「???」
よしみは驚き、翼は頭にいっぱい「?」を浮かべている。
「実は、中二の時のクラスメイトで、そのときからすごい悪かったんだよ。あ、翼くんて中学どこ?」
「え、俺は東中」
「アタシたちは北中だったんだけど、なんか、すっごく目を付けられちゃってたみたいなの」
「知らなかったわ……何で言わなかったのよ?」
「ごめんね。でも心配するでしょ? でね、高校には行ってなかったみたいで。あのへんをテリトリーにして、かつあげとかしてるから、翼くんもからまれたんだと思うよ」
「そう言えば……初めにからまれたときは、小学生みたいな理由だったな……。まあ、いいか。今度からあのへんは気をつけて通んないとな」
翼は苦笑しながら言った。
「えっ? 翼くん、怒んないの?」
「なんで? みちるのせいじゃないじゃん。気にすることねえよ」
「でも……ホントにごめんね?」
「翼が気にすることないって言ってくれてるんだから、いいのよ。ね? みちる?」
よしみはみちるの肩をぽんとたたく。と、ちょうどその時ドアがノックされた。
「翼くん、検査の結果出たよー。なんにも異常ないって」
みちるの母はドアの間から顔だけ出して、言った。
「あ。お母さん。じゃあ、翼くん帰っても大丈夫なの?」
「うんそうねえ。敢えて言っとくと、無茶するとまた、ここの傷が開くわよ?」
その後、部屋に入り、翼に一つ注意した。とんとん、と自分の胸をつつきながらいう。
「はい。気を付けます」
「よし! じゃあ、翼くん! 途中まで一緒に帰ろう!」
みちるはなぜか目を輝かせ、立ち上がる。
「みちる、ナイスアイディア! そうね! ボディガードも兼ねてね?」
翼は(この二人……いいヤツらだなぁ)と、思っていた。
この二人に言われて断る人もあまりいないだろう。
翼はお言葉に甘え、途中まで一緒に帰ることにした。
「はっ、はあっ、はあ……」
「待てーっ! その鞄を置いていけー!」
彼は追われていた。小脇に抱えている鞄を持ち去ってしまったが為に……。
数日間逃げ回っていたが、ついにしっぽを掴まれてしまった。
走っているうちに、バイクにエンジンをかけたままジュースを買っている男がいた。
「すいません! コレ貸してください!」
彼は持ち主に一言言って、バイクにまたがった。そして、ものすごい勢いで走っていく。
「ああっ! 俺の新車……!」
彼は持ち主の言葉を思い切り無視し、走った。
彼を追う奴らはいつの間にか車に乗り換えていた。走っても走ってもどんどん追いかけてくる。 車の入れない細道に入り、車を撒く。
適当にバイクを走らせているうちに、いきなり猫が飛び出してきた。
「!!」
焦ってハンドルを切る! と、猫はひかずに済んだ。だが、バイクはバランスを崩し、そのまま横に倒れていった。
翼は自宅一歩手前で、交通事故の瞬間を目撃してしまった。バイクの前を猫がいきなり横切ったのだ。
「危ないっ!!」
ぱっと手で目を塞ぐ。ガッシャーン! と音がした。おそるおそる手を退かしてみると猫はひかれていなかったが、バイクが横倒しになっていた。
運転していた男はヘルメットをかぶっていない。頭からだらだら血を流している。
「だ、大丈夫か……?」
翼は、ひかれそうになっていたにも関わらず、自分にすり寄ってくる猫をひょいと抱いて、少しずつ倒れている男に近づく。と、その男がむくりと起きあがった。
「うおっ!?」
思わず声を上げるとばっちり目が合ってしまった。
「ちょっと……君、君」
男は手招きしている。
「え、え?」
(俺……しかいないよな?)
とりあえず、近づいてみる。男はぐったりとした様子で翼に言った。
「僕を……君の家で匿ってくれないか……?」
「……は?」
「お願いだ……! これがアイツらに渡ったら……!」
男は最後まで言わずに気を失ってしまった。
「えっ!? ちょ、ちょっと! しっかりしてくださいよ!」
こんな状態の人を放っておけるような翼ではない。
翼は仕方なくバイクを道の端に寄せた。
なんとなく、バイクに見覚えがあったのだが、それは気にせずに、男を背負い、自宅までの残りの道のりを歩いていった。
