僕とお兄さん

「いってきまーす!」
彼はいつものようにリュックを背負い、家を出た。
栗色の癖のある短い髪、深い赤の瞳。ドラゴンと人間のハーフである彼――レオンは、霊力トレーニングのため、週に二回天界へ行っていた。今日も、週に二回のトレーニングの日だ。
天気はあいにくの雨だが、気にしない。一番近くの接続点にやって来て、天界の到着ポイントをイメージする。
「……よし」
鮮明にイメージできたところで、接続点に足を踏み入れた。と、そのとき。
(さみしい……さみしいよ……)
「えっ?」
誰かの声が聞こえてしまった。レオンの意識は声に引っ張られてしまう。
目を開けると、見たこともない位置に出てきてしまっていた。
「えええええええ!?」
目の前には古びた神殿らしきものがある。まわりは森で、この場所がどこなのか、わかるはずもない。
「ど、どうしよう……」
地上同様、天界にも雨が降っていた。来るときに差していた傘は手元にはない。もしかしたら引っ張られたときに落としてしまったのかもしれない。
このまま濡れていては風邪を引いてしまう。レオンは目の前の神殿で雨宿りさせてもらおうと決心した。

「こんにちはー……」
レオンはドアノブを回す。鍵は掛かっていなかったようで、あっさりと開いた。しかし静かだ。ただ、外見とは裏腹に中はきちんと掃除されている。誰か住んでいるのでは?彼は少し期待した。
「誰か、いませんかー……?」
建物のなかに入り、広いロビーのような場所を歩き回る。と、誰かが走ってくる音が背後から聞こえてきた。
「……レニィ!!」
「……?」
走ってきた誰かは金髪のお兄さんだった。背はそれほど高くない。彼はレオンの姿を見て、なんだか不思議そうな顔をしている。
「あれ……? レニィだと思ったんだけどなぁ。違った……」
お兄さんは少ししょんぼりしてからレオンに向き直る。
「君、こんなところでどうしたの? 普通はこられないと思うんだけど、ここ」
「え、えと……接続点通るの失敗しちゃったみたいで……迷子……なのかな。お兄さん、ここはどこなの?」
「んー? 実はぼくにもわからないんだ。どこでもない場所らしいんだけど」
金髪のお兄さんは当たり前のように言う。どこでもない場所なんて、到底信じられない。
「えー……じゃあ僕どうやって帰ればいいんだろう……?」
「……ねえ、君、どうやってここに来たの?」
お兄さんが近づいてくる。レオンは思わず後ずさった。
「なんで逃げるの?ぼく、君の話を聞きたいだけだよ?」
「あっ……ごめんなさい……」
「……とりあえず、座ってゆっくり話そうよ。お茶いれるから」
お兄さんはさっき出てきたらしい扉へレオンを案内する。
扉の向こうはリビングだった。レオンはソファに座らせられて、お兄さんが別室に消えていくのを眺めていた。

 

「うーん……。あのお兄さん、なんで母さんの名前呼んだんだろう……?」
レオンはずっと気になっていた。あのお兄さんの言う『レニィ』はもしかしたら自分の母のことかもしれない。だとすると、何故知っているのか。どんな関係なんだろうか。
「おまたせ。ココアでいいかな?」
お兄さんはレオンと自分の分のココアを入れてきた。マグカップをテーブルに並べると、自分もソファに座った。
「お兄さん、どこでもない場所ってどういうこと? 他に誰かいないの?」
お兄さんはカップに口をつけたまま、答える。
「どこでもない場所については答えようがないなあ。他の誰かについてはいないよ。ぼく一人だけ」
「どうして一人なの?」
レオンの質問攻めにお兄さんは少しだけ困った表情を浮かべている。
「うーん、そうだなあ。君は12年前のある事件を知ってる?」
「たぶん知らないよ。だって僕10歳だもん。生まれてないよ」
「うーん、そっかぁ。じゃあ、ゴールドドラゴンって知ってる?」
「ゴールドドラゴン? ドラゴンって種類あるの?」
「その感じだと知らなそうだね。ドラゴンには7つの属性があるんだ。火、水、雷、風、土、氷と、どれにも属さないもの。ゴールドドラゴンはどれにも属さないものの総称で、ぼくはゴールドドラゴンなんだ」
「へえー、そうなんだー」
レオンは興味があるのかないのか、よくわからない表情で頷いた。と、ここで少し気になることが出てきた。
「あれ、じゃあ僕の父さんもそのどれかに入るのかな?」
「君のお父さんドラゴンなの? 髪の色と目の色は何色?」
「両方赤いよ」
「じゃあファイアドラゴンだね」
「あ、そういえばそう言われたことあった。でもなんでゴールドドラゴンの話をしたの? お兄さんがゴールドドラゴンなのと、一人ぼっちなのには関係があるの?」
「うん。本来であればゴールドドラゴンは封印されていないといけない存在なんだ。でも、ぼくは封印されていない。その代わり、外の世界と関わることを禁止されちゃったんだ」
「えー……さみしくないの……?」
「うーん、ちょっとはさみしいかな。話し相手は一週間に一回配達に来てくれる人だけだし、兄ちゃんとか、友達とかには会わせてもらえないし」
話を聞いている限り、このお兄さんはずっとここにいたわけではないみたいだ。前は外の世界……レオンたちが普段過ごしている世界で暮らしていたんだ。
「……もしかして、僕がここに来たのはお兄さんの声が聞こえたからかな。お兄さん、さみしいって言ってなかった?」
「……う、うん。言ってた。そろそろ配達が来る日だと思ったら人恋しくなっちゃって……」
「たぶん僕、お兄さんのさみしいって声に引っ張られてここに来ちゃったんだと思うんだ」
「そっかー、ごめんね。ビックリしたでしょ? 配達に来た人に説明しておうちまで送ってもらうから、それまでここで待っててもらえる?」
お兄さんはそろそろ配達が来る日だと言っていた。そう長い時間にはならないだろう。
「うん、わかったよ」
「それまでよろしくね。あ、そうだ。自己紹介がまだだったね。ぼくはフォール。さっき説明した通りゴールドドラゴンだよ」
「僕はレオン。ドラゴンと人間のハーフなんだ」
「えっ」
レオンはフォールにあわせて自己紹介してみたのだが……なぜか驚かれた。
「フォールくんどうしたの?」
「そっか……だからか……」
そうかと言われても、レオンには意味がわからない。
「??」
「ぼく、人間の女の子の友達とドラゴンの兄ちゃんがいるんだ。あ、兄ちゃんって言ってもドラゴンだし、種類が違うから本当の兄弟じゃなくて、育ててくれた人って感じなんだけど」
首をかしげているとフォールが説明し始めた。
「兄ちゃんと、女の子は仲良しだったんだ。12年前の事件を起こしたのが兄ちゃんだったんだけど、一見落着したあと、ぼくはここにとどまることになって、兄ちゃんは女の子と一緒にいたいから、いろんな約束をして地上で暮らすことになったんだ」
「へー。でもどうしてその話なの?」
「ぼくね、君が来たときに人間の友達が来たんだと思ったんだ。魔力の感じが似てたから」
「魔力?」
「うん。ハーフにしては霊力は全然感じないから、たぶん兄ちゃんは霊力封印されちゃったのかな。そんな気がする」
「??」
フォールの話をレオンは未だに理解できていない。
「よくわかんない。どういうこと?」
「たぶん、ぼくの人間の友達は君のお母さんだよ。で、ぼくの兄ちゃんが君のお父さん」
「……え?」
「君のお母さんはレニィでしょ?」
「う、うん……でも……あっ」
そうだった。レオンがここに入ったとき、確かにフォールは『レニィ』と言ったのだ。本当に自分の母と彼は知り合いだった。
「僕の父さんと母さんとフォールくんは知り合いだったの?」
「さっきからそういってるんだけどな?」
フォールが困ったように笑っている。
自分のまわりのヒトたちは両親含め、誰も昔のことを教えてはくれない。それは、父の罪に関係しているのだとは思っているのだけれど、もしかしたら、フォールなら教えてくれるかもしれない。
「ねえ、フォールくん? 僕、父さんと母さんの昔のこと、全然知らないんだ。聞いても誰も教えてくれないし……とても気になるのに……。だからフォールくんの知ってること教えて!」
「うーん、でもぼくから言っていいのかなぁ。君に話さないのはなにか理由があるかもしれないじゃない?」
「なれそめ? とか聞きたい!」
「それこそ両親から聞くべきだと思うんだけど……」
やはりフォールも教えてくれないようだ。レオンは少しガッカリした。
「あ、でももしぼくがいなかったら、ふたりは出会ってなかったかもしれないよ」
「どうして?」
「ぼく、転んじゃったんだ。その時にレニィとサニィが助けてくれたの。そのあと、ぼくがふたりを兄ちゃんのところに連れていったんだ」
「サニィちゃんも知ってるんだ……!!」
「うん。サニィも友達だよ」
詳しい事は教えてもらえないにせよ、両親の知り合いから話が聞けるのはとても貴重だ。自分が口にしていない母の相棒も出てきたのだ。信憑性はとても高い。
「ねえ、フォールくん! 僕とも友達になって! それで、教えられる範囲でいいから父さんと母さんのこと、教えてほしいんだ!」
「いいよ。その代わり、レオンもたまには遊びに来て、僕の話し相手になってほしいんだ。ひとりはやっぱりさみしいから」
「わかった! 遊びに行く! あ! じゃあ妹もつれてきていいかな!」
「妹もいるの?」
フォールは知らなかったみたいだ。それもそうだ。外と関わることを禁止されているんだから、自分の両親と会える機会もないだろうし、自分の存在すら知らなかったんだから、ルニのことを知っているはずもない。
「うん、2つ下だから8歳」
「そっかぁ……兄ちゃんとレニィ、幸せなんだね。よかった……」
フォールはうれしそうだ。
「ねえレオン、ぼく、君たちがどんな風に暮らしてきたのか知りたいんだ。地上の生活は今も変わりないのかな? 天界も一緒かな? そんな話が聞きたい」
「うーん? 変わったかどうかは僕にはよくわからないけど……でも、天界に来はじめたのは最近なんだけど、地上とはぜんぜんちがくてビックリしちゃった!」
レオンはフォールに普段すんでいる地上と天界の違いを身ぶり手振りを交えて話した。フォールもその話を真剣に聞いていた。

 

「へー。アースドラゴンさんの集落って昔からハイテクなんだね!」
「うん、他の集落よりも外に目を向けてるっていうのかな? 頭がきっと柔らかいんだよ」
そんな話をしていたところで、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「あ、もう時間か。たぶん配達の人だよ」
「そっか……もう帰らないとなんだね……フォールくん、また遊びに来るね」
「うん、いつでも来て!」
レオンは荷物をもって、フォールと一緒に部屋を出た。
玄関の扉の先には、薄緑色の髪の眼鏡の人が立っている。
「フォールさん、こんにちは」
「こんにちは!」
「今週のぶんです」
「ありがとう! 今日はウィンドドラゴンの日なんだね」
「ええ、種族長は忙しいので私が……おや?」
玄関の向こうにいる人がレオンの存在に気がついたようだ。
「フォールさん、彼は?」
「ぼくの声に引っ張られてここに来ちゃったんだ。送ってもらえないかな?」
「ええ、構いませんが……」
その人はレオンをじっと見ている。
「な、なに……?」
「あなた、ファイアドラゴンとレニィさんの息子さんですよね? 行方不明で探されてますよ」
「えっ!?」
レオンは驚いた。が、それも仕方ない。だって、ここがどこなのかもわからないし、連絡もしようがない。
「アースドラゴンの集落に行く予定だったのですよね? 私たちの集落にも連絡がありました。『傘だけ来て本人が来ていない』と」
「ど、どうしたらいい?」
「まさかここにいるとは思いもしませんでしたが……無事見つけられましたし、アースドラゴンの集落に送りましょう」
「エスタさん、レオンのことよろしくね。怒らないであげてね? レオンが悪い訳じゃないから」
眼鏡の人――エスタはフォールの言葉に頷いて、レオンに手を差し出す。
「さあ、行きましょう。みんな心配していますよ」
エスタの手をとる前に、レオンはフォールの方に振り向いた。
「フォールくん、また来るよ」
「うん。待ってるね」
フォールが手を振って見送ってくれた。レオンはエスタの手を握り、少し名残惜しいと思いつつ、その場を後にするのだった。

 

「また来ると、さっきフォールさんに言いましたね」
建物を出ると、雨はもう上がっていた。エスタに声を掛けられる。
「うん。……もしかしてダメなの? フォールくん外の人と関わっちゃいけないから……」
「いいえ、あなたはあの事件とは関係ないですから、たぶん平気です」
「父さんが起こしたって言う事件ってなんなの?」
「私も関係者ですから、話せないですね」
「うーん」
どさくさに紛れて聞けると思ったが、やっぱりそう簡単には教えてもらえないようだ。

エスタは姿を変え、レオンを抱えてアースドラゴンの集落へと向かう。15分程度でたどり着き、いつものお兄さん3人に迎えられた。
「レオくん! 心配してたんだから……!」
「ごめんなさい……」
「彼はゴールドドラゴンのところにいました。どうやらゴールドドラゴンの感情に引っ張られてしまったみたいですね」
「あー……そういうことか。あの場所は連絡手段がないからな。見つからないわけだ……」
ひとりがため息をつきながらそう呟く。
「あっ、父さんと母さんには!? 僕がいないこと、言ってあるの!?」
レオンの質問に答えたのはアルツだった。
「そりゃ伝わってるよ。ルーちゃんも心配してるよ」
「怒られるかな……?」
「んー、まあ今回のはレオくんのせいじゃないしなぁ」
「じゃあ、私はそろそろ。仕事もまだ残ってますし」
「ああ、ウィンドドラゴンありがとうな!」
「エスタさん、ありがとう!」
エスタは帰っていく。前にも似たようなことがあったなと、レオンは不意に思い出した。そのときは確かファイアドラゴンだった。父もファイアドラゴンだけど、知り合いなんだろうか。
「レオくん、とりあえずレニィちゃんに連絡しなよ。ルーちゃんには言っとくから」
以前母にクリオスと呼ばれていた茶髪に促されて、レオンは電話を掛けにいく。自宅に掛けると1コールもしないうちに母が出た。
『もしもし!?』
「……もしもし母さん? レオンだけど」
『レオン! どこ行ってたの!? 心配してたんだから……!!』
「ごめんなさい、なんかまたよくわからないところに出ちゃって……でもね、僕、フォールくんと友達になったんだ」
『フォールくん? って……まさかあの……?』
「あの?」
レオンにはわからないことが多い。まだ、誰も過去の出来事を話してはくれないけれど、自分がもう少し大きくなったら聞いてみていいのかなとぼんやり思っている。
『……元気そうだった?』
「うん、優しいお兄さんだったよ」
『なにか聞いた? 昔のこと』
「聞いてみたけど、教えてくれなかったよ」
『そっか。もう少し大きくなったら必ず教えるから、それまでは待ってて』
「うん」
母は教えてくれると言った。多少は気になるけれど、なるべくその時まで待っていよう。もしかしたら、気になってフォールに聞きに行ってしまうかも知れないけれど。フォールは教えてくれないかもしれない。でも、それでもフォールには会いに行こう。